「映像ミエカタDIY」は当たり前のものとして受け取っている映像の効果について、身近な素材を取り上げながら、改めてその面白さを確認していくシリーズです。気付けば最近見た映画を振り返るシリーズのようになってきましたが、今週・来週は「ふたたび作り始める人々」と題して、長編作品制作から遠ざかっていた2人の監督、アキ・カウリスマキとビクトル・エリセによる長編映画を取り上げていきます。
一度引退を宣言し、その後再び映画を撮ること(カウリスマキ)。引退をしたわけではなくても30年以上の長い年月を経て作品を発表すること(エリセ)。沈黙の果てに発表されたそれぞれの作品は人々に大きな感慨をもって迎えられました。
一度引退した映画作家
今週はフィンランドの映画監督アキ・カウリスマキによる『枯れ葉』について紹介します。アキ・カウリスマキ監督は2017年に監督業からの引退を宣言しましたが、そんな彼が引退を事実上撤回して制作した作品『枯れ葉』が2023年に公開(日本では12月に劇公開)され大きな注目を集めました。
アキ・カウリスマキ監督作品『枯れ葉』
前作『希望のかなた』で引退宣言をしたカウリスマキが突如カムバック、見事カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した『枯れ葉』。労働者3部作(『パラダイスの夕暮れ』(86)、『真夜中の虹』(88)、『マッチ工場の少女』(90)に連なる“4作目”といわれる本作は、可笑しみと切実さに満ちた最高のラブストーリー。戦争や暴力がはびこる世の中で、それでもたったひとつの愛を信じつづける恋人たちの姿を通して、今を生きる希望を与えてくれる。
(公式youtube予告キャプションより引用)
「初期の労働者3部作に続く作品」という公式の紹介もありますが、『枯れ葉』は扱うテーマだけではなく撮影方法や演出についてもカウリスマス映画の特徴が見事に表れており、『枯れ葉』の後に初期の傑作『パラダイスの夕暮れ』を続けて観ても何ひとつ違和感を感じることがありません。
変わらない部屋
たとえば『枯れ葉』の登場人物たちの暮らす室内の美術についても、現代的な要素が極力取り除かれたミニマルな装飾や設定になっており、一見初期の作品と違いがないように思えるほどです。しかし、それが過去作との繋がりを保つためだけに選択されたデザインというより、決して裕福とは言えない労働者たちが受け入れざるをえない生活の「ミニマル」には40年近い時間が経った現代においても変化がないことを示しているかのようです。
そんな空間の中で、80年代の作品との違いを感じさせてくれるものがラジオから流れてくるウクライナの状況を伝えるニュースであることには考えさせられるものがあります。
「豊さ」とはかけ離れた状態のまま変わらない生活。そこに届く数少ない「最新」が戦争の知らせという強烈さ。一方でそんなニュースを聞きながら口にする主人公の短い言葉にはある種の毅然とした態度が表れているようであり、作品の大切なポイントになっています。
映し出された労働者の影
初期作品との地続きの感覚を生み出す映像の大きな特徴に、独特な照明が挙げられます。そうです、あの濃い影です。室内場面に顕著ですが、カウリスマキの映画は照明の位置が低く、強い光源によって登場人物たちの影が壁に落ちます。現代の映画やドラマの室内が自然に感じられるライティングを求めるのとは対照的で、かつてのロケーション中心の作家主義映画を彷彿とさせるようなライティングが、見えない存在としてされてきた労働者を濃い影とともに浮かび上がらせる手段となっているのはよく考えられた仕掛けだなと改めて感心します。
表情や抑揚から遠く離れたところにあるユーモア
カウリスマキ作品の代名詞として挙げられるのが特徴的な役者の演技です。彼の作品ではとりわけ男性役を演じる役者の表情が崩れることはありません。感情の起伏がセリフの抑揚や顔の表情、そして身体操作に表れることを可能な限り抑えているようでもあります。それは過酷な生活にすり減った人々の様を表すようでもあり、一方でオフビートな笑いのポイントにもなっており、カウリスマキ作品の大きな魅力になっています。
『枯れ葉』ではそのユーモアはさらに強調された印象があります。ある種の「男らしさ」の典型、不器用さ(それゆえの上手くいかないコミュニケーション)を示すような演技が、今作ではより積極的に「いたらなさ」から生じる「可笑しさ」を示すことに用いられており、「男性性」への向き合い方も変わりつつあるように思えました。
・
要素を抜き出して説明すると不条理劇のように聞こえてしまうかもしれませんが、そういった演出が厳しい現実を舞台にしたおとぎ話のような愛の物語を作り出すために用いられているのはとても感動的なことです。
12月に公開された『枯れ葉』は現在も劇場上映が続いています。「労働者三部作」を含むカウリスマキ監督の過去作品も各種配信プラットフォームで視聴可能になっています。この機会にぜひアキ・カウリスマキの美学とユーモアを体験してみてはいかがでしょうか。(了)