
「映像ミエカタDIY」は、当たり前のように受け取っている映像の効果について、身近な素材を取り上げながら改めてその面白さを確認していくシリーズです。今回は韓国出身の映画監督ホン・サンスのデビュー30周年を記念した特集上映「月刊ホン・サンス」についてご紹介します。
通常の映画監督であれば数年に1本が通例ですが、多作として知られるホン・サンスに関しては、毎年のように、時には年に数本もの新作が国際映画祭を賑わせます。今回の特集上映ではこの11月から来年3月にかけて、2023年以降に製作された新作5本が、5ヶ月連続で劇場公開されるとのことです。
さらにユーロスペース(渋谷)では、新作とリンクしたテーマで過去作を振り返る「別冊ホン・サンス」も同時開催。ファンにとっては贅沢で魔法のような半年間になるのではないでしょうか。
今回は、そんなホン・サンス監督の魅力と、フランスの巨匠エリック・ロメールとの比較、そして劇場へ足を運ぶ前に予習すべき近作をご紹介します。
なぜ私たちは「反復」と「会話」に惹かれるのか? ~エリック・ロメールとホン・サンスの相似形~
ホン・サンスを語る際、必ずと言っていいほど引き合いに出される名前があります。フランス、ヌーヴェルヴァーグの巨匠、エリック・ロメールです。「アジアのロメール」とも称されるホン・サンスですが、二人の映画には多くの共通点があります。
まず、劇的な事件は何も起きません。殺人やカーチェイスはもちろん、涙ながらの劇的な和解も稀です。描かれるのは、男女の恋愛や些細なすれ違い、そして旅先での偶然の出会いのみ。登場人物たちは、よく喋り、よく歩き、そしてよく食べ、飲みます。
ロメールの『モード家の一夜』や『緑の光線』がそうであるように、ホン・サンスの映画もまた、私たちの日常の延長線上にあります。観客は、スクリーンの中で繰り広げられるとりとめのない会話――時には哲学的で、時には呆れるほど世俗的な――に耳を傾けるうち、まるで自分自身がそのカフェの隣の席に座っているような錯覚に陥ります。
しかし、両者には決定的な違いもあります。それはホン・サンス作品における圧倒的な「酒(ソジュ)」の量と、独特の「ズーム」カメラワーク、そして強烈な「気まずさ」のユーモアです。ロメールの登場人物たちが知的な遊戯として会話を楽しむのに対し、ホン・サンスの登場人物たちは、酒の力を借りて本音を漏らし、情けない姿を晒し、それでも誰かと繋がろうともがきます。そこには、より生々しく、滑稽で、愛おしい人間の実存があります。
共通するのは、「同じようなテーマを、変奏曲のように繰り返す」という作家性です。「また同じような話か」と思って観始めると、いつの間にかその微細な差異や、役者のふとした表情の変化に心を奪われている。日常の風景が、彼らのレンズを通すことで、かけがえのない芸術的な一瞬へと昇華されるのです。
Prime Videoで観るホン・サンス
「月刊ホン・サンス」の予習として、現在Amazon Prime Videoで視聴可能な作品の中から3本をピックアップしました。 ※『イントロダクション』は「別冊ホン・サンス」でのスクリーン上映も予定されています。
おわりに
ホン・サンスの映画を観た後は、誰かととりとめのない話をすることについて思いを馳せることになります。会話は意味を積み重ねていくのではなく、ただただ時間を積み重ねていくものなのかもしれません。動画コンテンツのように意味や情報が積み重なるのではなく、時間が積み重なると物事もそれなりに積み重なっていくという、その様を目の当たりにすることになります。これは実はとてもラディカルな物語とも言えるのではないでしょうか。
「月刊ホン・サンス」公式サイトには詳細なスケジュールや「別冊」のラインナップが掲載されています。ぜひチェックして、あなただけの一本を見つけてみてはいかがでしょうか。
(了)
