
「映像ミエカタDIY」は、当たり前のように受け取っている映像の効果について、身近な素材を取り上げながら改めてその面白さを確認していくシリーズです。今回はフランスの映画作家レオス・カラックスの初期三部作ついてご紹介します。
皆さんは映画を観ていて、あまりに画面が完璧すぎて、いっそ心地よい眠気に誘われてしまった……という経験はありませんか?私は今回カラックス監督作品『汚れた血』を劇場で見ている際に、その完璧な構図が延々続くことに感心しながらいつの間にか眠りに落ちるという体験をしました。完璧さは人を眠らせる!
現在、日本の劇場ではフランス映画界の異端児、レオス・カラックスの初期三部作(通称「アレックス三部作」)の4Kリマスター版が公開されています(https://carax4k.com/)。今から約40年前、20代の若きカラックスが世界を驚愕させたこれらの作品は、いま見直しても「映画史上、これほど研ぎ澄まされたデビュー作が他にあるだろうか」と思わされる圧倒的な強度に満ちています。
1. 「写真」のような端正な静寂
デビュー作『ボーイ・ミーツ・ガール』や二作目『汚れた血』を貫くのは、執拗なまでの画面構成へのこだわりです。
通常、映画のカメラは空間を広く見せようと広角レンズを使いますが、カラックスはあえて中望遠レンズを多用し、画面を平面的に圧縮しました。
- 歪みの排除: 広角特有の歪みを避け、人物や背景を彫刻のように端正に捉えること。
- 幾何学的な配置: 壁のポスター、窓のライン、光と影の境界線。1ミリの狂いも許さず配置されたその画面は、現実のノイズを一切排した「純粋な映画の結晶」です。
隙のない完璧な均衡。そのあまりに静謐で美しい構図が連続する体験は、観客を日常から切り離し、深い陶酔(あるいは幸福な眠気)へと誘います。
2. 構築された世界を「破壊」する快感
しかし、カラックスの真骨頂は、自ら作り上げたその「完璧な檻」を自ら破壊する瞬間にあります。
三作目の『ポンヌフの恋人』では、前二作の「写真的・静的な美学」から一転、ダイナミックな運動を空間の中で捉えることに舵を切ります。 巨大な橋の上を、主演のドニ・ラヴァンが獣のような身体性で駆け抜け、火花が散り、水飛沫が舞う。それまでの完璧な構図を自ら突き破り、画面の中に圧倒的な「生」を呼び込むようです。
「静止」から「疾走」へ。初期三部作のこの振れ幅を体験するだけでも、カラックスが映画史において特別な位置に存在する作家であることを感じることができる気がしました。
3. いま、劇場の暗闇で浴びる理由
スマホやタブレットの小さな画面で「物語」だけを追うことに慣れた私たちにとって、カラックスの映画は、視覚そのものを揺さぶる肉体的な体験です。
4Kリマスターによって、おそらくかつて劇場でも確認できなかったであろう「黒/闇」や、繊細な「光の階調」が明らかになりました。カラックスが20代のすべてを賭けてフィルムに焼き付けた、あの研ぎ澄まされた配置は、劇場の巨大なスクリーンで観て初めて、その真の威力を発揮します。
完璧すぎて眠くなるほどの美しさと、それを自ら焼き尽くそうとする破壊衝動。 その類を見ない1人の監督の振れ幅を、ぜひ劇場で体験してはいかがでしょうか?
<劇場情報>
『ボーイ・ミーツ・ガール』→https://carax4k.com/boy-meets-girl/theater.html
『汚れた血』→https://carax4k.com/mauvais-sang/theater.html
『ポンヌフの恋人』→https://carax4k.com/pontneuf/
