「映像のミエカタDIY」は、当たり前のものとして受け取っている映像の効果について、身近な素材を取り上げながら、改めてその面白さを確認していくシリーズです。
最近は映画作品の紹介が多くなっていますが、今週のメルマガでは、毎日1本ずつ入れ替わっていく30本の映画をメインプログラムに据える「MUBI」というユニークなスタイルの映画配信プラットフォームを紹介しながら、「まだ見ぬ映画との出会い方」について考えてみようと思います。
まだ見ぬ映画はたくさんある
「新しい映画との出会い」。それは改めて考えるまでもなくいたるところにあります。映画館に行けば無数の新作映画に出会うことができますし、配信プラットフォームのアプリを開けば、そこにはまだ見ぬおびただしい数の映画作品と出会うことができます。
具体的にどれぐらいかというと、日本映画制作者連盟の発表によれば2022年の国内映画館での公開作品数は1143本(前年より増加傾向)、少し古い数字ですがフォーブスジャパンの記事によると2020年時のNetflixの映画タイトル数は3781本、amazonのプライムビデオには12828本とのこと。
毎年劇場で公開されるタイトルに加え、映画誕生からこれまでに公開されてきた世界中の作品のことを思い浮かべてみれば、一人の人間のライフタイムでは全ての映画を見通すことはおよそ不可能なことであるとことはすぐにわかります。それぐらいにまだ見ぬ映画はたくさんあります。
まだ見ぬ映画にはなかなかたどり着けない?
ただ、劇場公開や配信サイトでの公開タイトル数を前にした正直な感想は「そんなにたくさんあるの!?」です。とりわけ配信プラットフォームの数字については、スマホのアプリを開いて眺める限りでは、その1/50〜1/100ぐらいのタイトルしか見かけることがなく、いかに自分がその中の数少ない作品にしかリーチできていないことを改めて感じます。
これは配信プラットフォームがユーザーそれぞれの趣味嗜好に最適化したコンテンツを表示しようとする努力によるものが大きいと思われます。Netflixのデータサイエンスへの初期からの取り組みは広く知られたところですし、たくさんの作品の中からユーザーが必要とする作品にいかに効率よくたどり着くことができるかは、ユーザーの利便性そしてサービスへの定着率の観点からも必要なものです。
しかし、それは「まだ見ぬ映画との出会い」を難しいものにしてしまう側面もあります。最適化したコンテンツの並びはこれまでの視聴傾向から自分が気に入る映画作品を高確率で勧めてくれますが、その反面もしかしたら現在の自分の趣味嗜好に忠実でいればこの先も出会うことがないかもしれない未知なる映画との「偶然の出会い」をいくらか遠ざけてしまうところがあると感じています。
We pick films.(わたしたちは映画を選び、取り上げる)
MUBIの選んだ、30本のまだ見ぬ映画との出会い
その点からすると映画配信プラットフォームMUBIは、膨大なタイトルの中からユーザーへ最適化された提案をすることとは対照的に、「キュレーターチームが選んだ作品を見せる」というコンセプトによってユーザーのまだ見ぬ映画との出会いの機会を作り出しているようです。
参照元:https://mubi.com/showing (2023/06/12)
なにより特徴的なのはMUBIのメインコンテンツ「FILM OF THE DAY」です。ここでは30本の作品が公開されています。新しい映画が毎日1本公開されますが、それぞれの作品は1ヶ月間の視聴期限で入れ替わります。つまり6/14に新しい作品が公開されると5/14に公開された作品はリストから外れてしまうのです。そのようにして作品は入れ替わりながらもつねに作品数は30本になるというコンセプトです。
「たった30本だけ?」と思う方もいるかもしれませんが、誰かが自信を持って選ぶ自分が知る機会さえなかった30本の映画のリストを眺めて得られる充実感はとても大きいものがあります。
作品のサムネには作品タイトルと監督の名前が一緒に表示されるなど(シンプルなことですが、多くのプラットフォームではそうではない)作家性を重視する姿勢が伝わるサイトUIも含めて、世界にはまだ見ぬ映画とその作り手がたくさん存在しているということを知る良い機会になるのではないでしょうか。
「FILM OF THE DAY」の30本以外にも、いくつかの特集が用意されており、おそらく100本ほどの作品に常時アクセスすることが可能です。最適化された自分好みの世界が少し窮屈に思えるときには、MUBIをのぞいて見てはいかがでしょうか。<了>