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「映像ミエカタDIY #45:映画『ハイパーボリア人』と語り直し」【ドリームムービー通信:339号】

「映像のミエカタDIY」は当たり前のものとして受け取っている映像の効果について、身近な素材を取り上げながら、改めてその面白さを確認していくシリーズです。今回は「映画『ハイパーボリア人』と語り直し」と題して、先週末国内劇場での公開が始まったチリ出身のアーティスト・デュオ、クリストバル・レオンとホアキン・コシーニャによる注目作『ハイパーボリア人』 を紹介します。

レオン&コシーニャについては、2023年の『オオカミの家』公開時にメルマガでも一度取り上げており、空間を使ったドローイングを記録するその独特のストップモーション・アニメーション、そしてチリの現代史と向き合う視座も合わせて世界中で大変注目を集める存在です。

新作『ハイパーボリア人』には一度観ただけではまるで言葉が追いつかないような豊かさを感じさせる作品です。前作同様にチリの歴史を取り上げながらも、今作は代名詞となったドローイングのストップモーションアニメ以外にも様々な実験的な表現が用いられており、それはさながらチリの近現代史を語り直しながら、同時に実験映画の歴史も再訪しているようでもあります。

『ハイパーボリア人』

■『ハイパーボリア人』
〈STORY〉
女優で臨床心理学者でもあるアントーニア(アント)・ギーセンは、謎の幻聴に悩まされるゲーム好きの患者の訪問を受ける。彼の話を友人の映画監督レオン&コシーニャにすると、2人はその幻聴は実在した外交官にして詩人、そしてヒトラーの信奉者でもあったミゲル・セラーノの言葉であることに気づき、これを元にアントの主演映画を撮ろうと提案する。2人に言われるがまま、セラーノの人生を振り返る映画の撮影を始めるアントだったが、いつしか謎の階層に迷い込み、チリの政治家ハイメ・グスマンから、国を揺るがすほどの脅威が記録された映画フィルムを探す指令を受ける。カギとなる名前は”メタルヘッド”。探索を始めるアントだったが、やがて絶対の危機が彼女を待ち受ける……!

『オオカミの家』監督デュオ《レオン&コシーニャ》の長編2作目は、ギリシア神話やH.P.ラヴクラフトらの創作による「クトゥルフ神話」に登場する架空の民族“ハイパーボリア人”をタイトルに据え、実写、影絵、アニメ、人形、16㎜フィルム、ビデオ、デジタル……と最初から最後まで何が飛び出すかわからない“闇鍋”映画だ。実在した親ナチ文化人ミゲル・セラーノや政治家ハイメ・グスマンが登場し、チリの現代史やナチス・ドイツをモチーフにする一方、主演俳優のアントーニア・ギーセンや、監督のレオン&コシーニャが実名で登場することで、現実と虚構、過去と現在の境界を巧妙に見失わせる。

監督:クリストバル・レオン、ホアキン・コシーニャ
2024年 / チリ / スペイン語・ドイツ語 / 71分 / カラー / 1.85:1 / 5.1ch
【第77回カンヌ国際映画祭監督週間 正式出品】
原題:Los Hiperbóreos 字幕翻訳:草刈かおり
YouTube 公式予告のキャプションより引用

『オオカミの家』との違い
オオカミの家との大きな違いは、ストップモーション以外にも映像表現の様々な手法が用いられ、その中で実際の役者が演技をしていることにあります。
インタビューによるとストップモーションによる『オオカミの家』の制作が5年もの制作年数を費やしたことも、制作時間の短縮のために今回のようなスタイルが選択された大きな要因として挙げられています。その結果として多様な映像表現が溢れる今作が、メリエスの時代から続くこれまでの実験映画の歴史を眺めるようなところがあるのはとても興味深いところです。

語り直した世界を表現するための実験
チリに実在したヒトラーを信奉し、外交官をも務めた人物についての映画作品のフィルムが紛失したため、その映画に出演していた役者が再現/再演するというのが、物語の基本的な設定になっています。この「失われた映画」と「チリ近現代史」についての現実と虚構の境目が曖昧な語り直しと、手作りされた書割(かきわり)の背景や人形などが怪しくもユーモラス動く実験映像の手法が見事な調和は、それはどこかウェス・アンダーソンが『フレンチ・ディスパッチ』で廃刊になる雑誌の記事内容を実験的な表現で物語化していたことを思い出させるものでもあります。

描き直す→語り直す
ストップモーションアニメから、より多様なスタイルを用いた物語の語り直しへの移行という点については、ドローイングを用いたストップモーションアニメに取り組む現代アートの代表的な作家、ウィリアム・ケントリッジとの不思議な近似についても興味深いものがあります。

ウィリアム・ケントリッジは2024年に自身の作品制作にまつわるセルフドキュメンタリーを9本の短編を束ねた『Self-Portrait as a Coffee-Pot』を発表しました。それらの作品はケントリッジと彼自身の演じるドッペルベンガーが驚くべき合成の精度で常に画面に映り、アトリエで制作にまつわる話し合い(言い争い)をしながらその過程に改めて焦点を当てており、そこに実際に制作されるドローイングによるストップモーション映像が組み合わさることで、非常にユニークなものになっています。

自分自身とその制作について語り直しをするケントリッジの手法が非常に洗練されたもの(つなぎ目もわからないような合成)である一方で、『ハイパーボリア人』の物語と演出の高いレベルでの調和(虚実の曖昧な物語とハンドメイドな実験映像)は画面上に素晴らしい混沌を作り出しています。そのような演出の違いはあれども、ドローイングによるストップモーションアニメという加筆と消去を繰り返すある種の「描き直し」から、物語の「語り直し」へと取り組みの移行が、この時代に同じタイミングで行われていたのは注目すべきことなのかもしれません。

『ハイパーボリア人』は全国の劇場で公開中、ウィリアム・ケントリッジの『Self-Portrait as a Coffee-Pot』は配信プラットフォームMUBIにて視聴可能です。この時代における「語り直す」ためのユニークな表現の数々、ぜひこの機会に体験してみてはいかがでしょうか。(了)

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