「映像のミエカタDIY」は、当たり前のものとして受け取っている映像の効果について、身近なものを素材として取り上げながら、改めてその面白さを確認していくコンテンツです。
今週の#07、そして来週の#08では「自然な会話と不自然な会話」と題し、映像において人々の会話の場面がどのように表現されているのかを取り上げていきます。今週は小津安二郎監督の映画作品、来週はジム・ジャームッシュ監督作品における会話の場面に注目し、その独特な表現がいかに一般的な会話場面の表現と異なる魅力を作り上げているのかご紹介します。
会話であること伝えるための撮影方法
まずは一般的な会話の場面の撮影表現について考えてみましょう。2人が向かい合い会話をしている状況を撮影する場合、話者1人が映るワンショットを中心に、2人が向き合っている姿や、身体の部分やテーブルの上にある静物など細部が収められることになります。
この際に注目すべき点のひとつは、話者1人が映るワンショットの撮り方にあります。このワンショットが1人語りの場面ではなく、聞き手が存在していることを伝えるために、聞き手の身体の一部などを意識的に写り込ませる構図が用いられることが多くあります。
「話者の目の前には聞き手が存在している」。肉眼で見れば自然に認識出来ることが、そのまま同じように映像でも認識出来るとは限りません。そういった認識の齟齬を生じさせないために、映像的な工夫で視覚的に説明をしていく必要があります。ワンショットに聞き手を写り込ませる構図も、そういった「映像の文法」のひとつとして用いられています。
その他にも会話の場面で用いられる映像の文法で有名なものには、イマジナリーライン(想定線)があります。2人の話者を結ぶ仮想の線を越えることのない位置から撮影することで、2人の話者それぞれのワンショットが並んだ場合でも、向かい合っている状況について説明可能な互いの視線の方向を表現することが可能になります。
小津安二郎の会話場面での撮影表現
小津安二郎監督のキャリアや作品ついては改めて説明する必要がないでしょう。映像的にも際立った特徴があり、水平垂直が美しく出ている日本家屋の中でのローポジション撮影や、静物の映像の挿入などは小津映画の代名詞とも言えるものです。複数の登場人物たちの会話シーンにも特徴があり、前述した映像の文法が当てはまることのないユニーク撮影表現が用いられています。
カメラに向かって話すワンショット
小津作品の会話場面ではワンショットが多く用いられています。そのワンショットは前述した聞き手を含むような構図よりも、聞き手に代わって置かれたカメラに向かい話しているような構図が多くを占めています。会話場面でこのようなワンショットが連続して、登場人物が順々に話しているのを眺めていると視聴者は一種独特な感覚に襲われることになります。
『東京物語』の会話シーンを例に挙げてみましょう。夫婦が尾道から東京へと訪ねた1日目の夜の場面です。音声としては夫婦と長男、そして長女が居間で言葉を交わし、会話が成り立っているのですが、長男と長女それぞれワンショットの影響で視覚的にはそれぞれの登場人物が部屋の中に1人で佇み、独り言を発しているかのような錯覚を覚えるのです。
ワンショットを用いることにより、そもそもそこに1人しか登場人物がいないと思えるような映像的な状況が生まれる。それは複数の人物が登場する場面としては不自然な状況ですが、小津作品においてはそのような場面が劇中何度も繰り返されます。その不自然さの強い反復は映像にある種の快楽的なリズムを与えることになり、小津映画の魅力の形作る重要な要素にもなっています。
軽々越えるイマジナリーライン
小津作品の会話の場面では前述したイマジナリーラインを越えた撮影も多く用いられています。日本間という限られた空間での撮影上の制約もあったのかもしれませんが、過去の発言からも意識的に、そして意欲的に想定線を越えてより自由な撮影表現を求めたことが窺えます。
話し手のワンショットの連続が不自然に見えることも、イマジナリーラインを越えた位置からの撮影も多分に関係しています。映画を観る人々も自然と共有している映像の文法から外れた位置でのワンショットが、聞き手の存在を消し、話し手がたった1人で言葉を発しているかのような印象を与えているのではないでしょうか?
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映像上の表現を自然なものとして見せるために用いられている文法。そして、その文法からの逸脱で得られる映像の魅力についてご紹介致しました。
小津映画の会話についての映像表現はまさに「一見に如かず」のところもあります。各配信プラットフォームでも視聴可能ですので、この機会に是非ご覧になってはいかがでしょうか?
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「映像のミエカタDIY」では今後も日常的なモチーフから映像の効果、そして映像表現と方法の組み合わせについても考えていきたいと思っています。お読みいただく皆さまの映像の取り組みの参考になりますと幸いです。