「映像のミエカタDIY」は、当たり前のものとして受け取っている映像の効果について、身近な素材を取り上げながら、改めてその面白さを確認していくシリーズです。
今回から2週に渡り、ヌーヴェル・ヴァーグの映画作家を紹介していきます。今週はフランソワ・トリュフォー、そして来週はエリック・ロメールとジャック・リヴェットを取り上げます。
「なぜ、いまヌーヴェル・ヴァーグ」と疑問に思われる方もいらっしゃると思いますが、取り上げる理由は2つあります。まずは、作品へのアクセスが容易になっていることです。現在4Kリストア等の調整が行われた当時の作品の上映プログラムが国内で実施されており、フランソワ・トリュフォーやジャック・リヴェットの主要な作品が劇場にて鑑賞可能です。そしてエリック・ロメールの多くの作品については大手配信プラットフォームでの公開により、アクセスが格段に容易となりました。
2つ目には、現代映画の参照点としてもヌーヴェル・ヴァーグ期の映画作品がいまなお強い影響力を持っていることがあります。現代の優れた映画作品と向き合うアプローチの1つとして、当時の素晴らしい作品を劇場で味わってもらうきっかけになれば嬉しい限りです。
ヌーヴェル・ヴァーグとは
ヌーヴェル・ヴァーグ(Nouvelle Vague)とは1950年代末に起きたフランス映画のムーブメントです。既存の映画産業のシステム、そして既存の映画作品を乗り越える形で登場した若い作家たちの映画作品に注目が集まりました。
Nouvelle Vagueはフランス語で「新しい波」の意味で、英語圏では”French New Wave”という名称で呼ばれています。そこに含まれるとされる映画作家や作品については当時のムーブメントに対する解釈によって様々な意見がありますが、いまなおムーブメント自体が映画研究のテーマに挙がるのは、いかにヌーヴェル・ヴァーグが映画史において重要な存在であるかを物語っています。
今回は狭義の意味でのヌーヴェル・ヴァーグの映画作家たち、つまり批評家アンドレ・バザンが主宰した映画批評誌『カイエ・デュ・シネマ』にて映画批評家として活躍したのちに自ら映画作家となった人々の中から、ロメール、リヴェット、そしてトリュフォーらの作品について、現代の映画作品への影響に触れつつ紹介します。
フランソワ・トリュフォーについて
フランソワ・トリュフォー(1932-1984)は、カイエ・デュ・シネマ誌で批評家として頭角を現し、短編映画を数本制作したのちの1959年に初の長編作品『大人はわかってくれない』を制作、公開。この作品は同年のカンヌ映画祭にて監督賞を受賞し、ヌーヴェル・ヴァーグという現象に注目が集まるきっかけの1つとなりました。
その後は1984年に若くして亡くなるまで、数多くの監督映画を残しました。トリュフォーは自身の監督作も含む映画への出演もしており、スピルバーグ監督作品『未知との遭遇』では主要キャストの科学者役を務めたことでも人々の記憶に残っています。
「アントワーヌ・ドワネルの冒険」シリーズ
トリュフォー自身の自伝的な要素を含んだ初長編映画『大人はわかってくれない』は、その後ジャン・ピエール・レオ演じるアントワーヌ・ドワネルを主人公としたシリーズとなり、『アントワーヌとコレット』(1962年)、『夜霧の恋人たち』(1968年)、『家庭』(1970年)、そして1978年の『逃げ去る恋』まで5本の映画が制作されました。『家庭』までの4作品の脚本集のタイトル『Les Aventures d’Antoine Doinel 』(1970年)にちなんで「アントワーヌ・ドワネルの冒険」シリーズとして広く知られています。
主人公の少年期から20年もの間を、同じ役者が演じ続けたことのユニークさもあり、同シリーズはトリュフォー作品の代名詞的な存在となっています。トリュフォー生誕90周年として国内で行われる特集上映においてもプログラムの中心を占める作品として位置しています。
リンクレイター作品に見るトリュフォー作品やヌーヴェル・ヴァーグからの影響
トリュフォーが後の世代に与えた影響については多く見ることができますが、前述した「アントワーヌ・ドワネルの冒険」を直接的に映画の構造として参照したという点で興味深いのは映画監督のリチャード・リンクレイターです。
彼の代表作である『ビフォア・サンセット』(1995年)、『ビフォア・サンライズ』(2004年)、『ビフォア・ミッドナイト』(2013年)からなる3部作(ビフォア・トリロジー)は20歳前半の主人公の二人が40歳になるまでを、同じ役者が同じ登場人物を務める形で描かれています。
そして、以前映像のミエカタDIYでも紹介した『6才のぼくが、大人になるまで。』(2014年)は6才の少年が18才になるまでの12年間の成長を同一の役者を起用して1本の映画として表現した意欲作です。
リンクレイターはロブ・ストーンとのインタビューでの「連作」や「監督と役者の長期的な協働」について質問に対して、トリュフォーとジャン=ピエール・レオの「アントワーヌ・ドワネルの冒険」シリーズが「元型(archetype)」であると言及*1していることからも、彼のアイデアの映画的な下支えの一つとしてトリュフォー作品が存在していることが窺い知ることができます。
また、トリュフォー作品以外にもリンクレイター作品とヌーヴェル・ヴァーグの関連を感じる要素はいくつもあります。例えば、『ビフォア・サンライズ』の基本的な構造である、劇中の時間と上映時間が一致して進むこと、そしてパリの街を歩き回るというアイデアは、ヌーヴェル・ヴァーグ期のアニエス・ヴァルダ『5時から7時のクレオ』への目配せを十分に感じるものです。
そして、ビフォア・トリロジーの主要な登場人物「セリーヌ」を俳優ジュリー・デルピーが務めるというのも、来週紹介するジャック・リヴェット監督の代表作『セリーヌとジュリーは舟で行く』の2人の登場人物の名前、セリーヌとジュリーへの重ね合わせとして考えることができるものでしょう。
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世界中で大きな共感を持って親しまれたリンクレイター監督のビフォア・トリロジーの「元型」としての「アントワーヌ・ドワネルの冒険」シリーズ。主人公ドワネルの、ともすれば痛々しさばかりが心に残る20年の恋模様も、リンクレイター作品の20年と重ね比べてみることで、また新たな発見があるかもしれません。
『生誕90周年上映 フランソワ・トリュフォーの冒険』は6/24(金)角川シネマ有楽町でのスタートから順次各地で公開になるとのこと。この機会にぜひご覧になってはいかがでしょうか?(了)
参考文献:*1 Stone, R.(2013) the cinema of RICHARD LINKLATER : walk, don’t run. : WALLFLOWER PRESS